理系人間が解釈する般若心経

自然治癒力

 健康を司るプログラムは、健康に異常があった時に回復させる役割も担っている。
 体を守るための自己防衛にはどういうものがあるかを考えてみると・・・。


 体に入った悪い菌を殺すために熱が出る(熱を上げるために悪寒がする)。
 消化器に入った悪いものを排出するために下痢をする。
 鼻や喉に入った有害な菌を排出するためにくしゃみ、咳をする。
 体の中の悪い部分に血液を多く流して体を回復させるために血圧が上がる。
 肌の表面にある悪いものを剥がして取るために肌が荒れる。
 うっ血などをした箇所の血行をよくするマッサージをさせるためにかゆくなる。
 傷が治る時に、傷を直そうと、液が出てきてジュクジュクになる。
 体調が悪い時は、あまり考えたり動いたりしないように頭が痛くなる。
 けがや打撲をすると、その痛みを脳に知らせ、回復のための体制を取ってもらう。


 これらは体を守るための自己防衛。・・・体に備わっているありがたい機能である。
 関連「感謝の気持ちを持つには?
 病気の症状のほとんどは、正常な体に戻すためのプロセスである。
 でも多くの人は、それらが苦痛や不快感であることから、苦痛自体を病気としてとらえ、薬(下痢止め、咳止め、かゆみ止め、痛み止め、解熱剤、頭痛薬など)でそれを緩和しようとする。それらが自己防衛を妨げるにもかかわらず・・・。

 人間の体は、薬で症状が抑えられるようになると、そういう状況に適応して、自己防衛機能が発動しにくくなる。
 例えば近視の人が眼鏡を掛けて、遠くを見なくて良い状況になれば、近くだけが見えるよう目が適応して近視の度がさらに進む。 これは目は実際には近くしか見ていないからである。遠くに焦点を合わせる必要がなくなった目は、遠くに焦点を合わせることはしなくなる。
 堅いものを食べなくてもよくなれば、歯は退化する。・・・というように、元々体が持っていた能力が次第に失われていく。

 せっかく健康を司るプログラムが、体全体のために全力で病気と闘おうとしているのに、薬を飲むというのはその努力を妨げるものである。このようなことが続くとプログラムは「自分が働かなくても関係ないんだ・・・。」と考えるようになって体の抵抗力が低下する(自然治癒力が落ちる)もとになる。
 但し、プログラムが全力を尽くしても力が及ばない場合もある。そういう場合は病院を頼ることも必要である。

 では病気の時にはどうしたらいいのだろう?

 自分自身を「現世の人間を守る守護霊と同じ立場」と考えて(関連「守護霊の立場から見ると・・・」)、健康を司るプログラムが成長できるように、過度な介入をせず、体を酷使しないとか、休養を取るとか、ストレスが溜まらないようにするなど後方からプログラムを支えるようなことをすることが大事である。そして上述したような自己防衛が機能している時に、自分がやりたい事を抑えて休養を取るという「辛抱」も必要である。


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