理系人間が解釈する般若心経

病気になる理由

 霊界の階層構造については「プログラムの階層構造」や「パワースポット」で述べてきた。
 現世での修行を終えて成長した魂が霊界に行くとすると、そこは階層構造を持った理想的な世界であると考えられる。同様に現世での理想の社会ができるとすれば、それも同様な階層構造となるはずである。

 現世の社会は現在、色々な問題があり、それは社会が「病んで」いるというようにも揶揄される。
 現代社会の一番の問題は、その社会の階層が「物質的価値観」で形成されているという点である。
 つまり、お金やステータス、権利を持っている者が階層の上の方に位置して、階層の下の方にいる人達を支配しているということである。上位にあるものは、下位にある者を「安価で機能するモノ」のように扱うようになって、上位と下位にある者が対等に対話して協調する機会は減少してしまっている。

 その結果、下位にある者は孤立したり、引きこもりがちになり、それは現代社会の大きな問題となっている。
 このような社会では、上下がうまく協力して全体の向上を目指すというのはうまくいかない。
 会社などの組織で活気が低下している場合は、会社内の状態がそうなっている場合が多いからではなかろうか?

 現世の人間社会において人々が協調していくためには何が必要かというと、相手の立場に立って考えるということである。そのためには経験をできるだけ多く積んで、色々な立場の人の境遇を理解することが必要である。
 関連:「智慧の重要性

 自分の流儀を相手に押し付けるのではなく、相手のことを理解し、自分が理解しにくいことを努力して理解するようにすることが必要になる、そのためには辛抱も必要である。
 現代社会では自分が直接実行しなくても、コンピュータや機械などが肩代わりしてくれる事も多い。世の中便利になりすぎて、不便な生活には、もはや戻れなくなっている。
 家庭も核家族化し、昔のように自分と生活習慣が違う世代の家族が同居して、その中で互いに協調し、時には辛抱してうまくやっていくような努力もしなくて良くなった。
 自分が人に対して力を貸さなくなると、自分が困った時には人から助けてもらえなくなる。

 これと同様なことが病気になった時に「体内のプログラムの階層構造」で述べた体内のプログラム間で起こっているのではなかろうか?

 病気の時、意思(顕在意識)のプログラムとその配下(潜在意識下)にある体内の健康を司るプログラムはどのような状態になっているかを考えてみる。

 例えば、ある現世の人間の魂(意思のプログラム)の行動に協調性がなく、他とも情報を一切共有する気がないような場合。つまり孤立した状態の時には、その配下にあるプログラムも孤立するのではなかろうか?

 孤立するパターンとしては2つ考えられる。それは・・・
 (1)下位にあるプログラムが「こんな上司(上位プログラム)の下では我々がダメになってしまう。上司には一切協力しないようにしよう。」と考えて上司から孤立する。つまり上位プログラムの考えや行動に危機を感じた下位のプログラムが反抗してストライキを起こし、上位プログラムや他のプログラムとの協調や情報の共有を放棄してしまう場合。
 (2)意思(上位)のプログラムが他との協調を一切せずに孤立して勝手にやっていく方針を貫いている場合、下位のプログラムもそのやり方を見習って、「自分は自分」と勝手にやっていくという場合。

 どちらにせよ、本人の意思がネガティブになると、配下のプログラムはその影響を受けてネガティブになる。
 なぜなら「類は友を呼ぶ」で述べたように、基本的な考え方が似ているプログラム同士は引き寄せ合うので、意思のプログラムと気が合って引き寄せられて体内に定着した配下のプログラムも同じようなふるまいをするからである。
 そして臓器などの器官を機能させるプログラムが互いに情報を共有せず、協力もしなくなり、その結果、臓器などが正常に機能しなくなり、病気になりやすくなったり、病気が治りにくなったりする。いわゆる「病は気から」という状態になるのではなかろうか?

 基本的には健康を司るプログラムは、上位の意思のプログラムのために、何の見返りがなくても身を粉にして尽くすという「大我」であるが、それが病気の時には自分勝手な「小我」になるのではなかろうか?

 逆に上位と下位のプログラムの協調や情報の共有がうまくいくと、健康がうまく保てるようになる。

 さらに臓器より細かな単位である細胞についてもプログラムが存在し、同じような構造になっていると考えられないだろうか?
 元は同じものであった一つ一つの細胞には、脳をも含む体全体の設計図があり、それが分裂を繰り返し、体の中のどこに配置されるかによって、それぞれに必要な機能を持つように変化する。つまり自分自身の「役割」を自覚し、その役割を達成するようになる。

 「霊界」と「現世の人間」の間、「現世の人間の意思のプログラム」と「その体内で健康を維持するプログラム」間、「健康を維持するプログラム」と「各細胞を司るプログラム」間、これらの「気」の通りが良くなると、霊界と末端の細胞1つ1つまでがつながり、非常に良い状態(互いに情報を共有し、協調して自らの役割を果す)になるのではなかろうか?
 そうなると病気になりにくくなり、たとえ病気になったとしても、各器官を機能させるプログラムが協力して正常な状態に戻そうとする「自然治癒力」が発揮されるのではなかろうか?



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