理系人間が解釈する般若心経

読み書きそろばん

 「読み・書き・そろばんとは、昔から言われてきた人として身に付けるべき能力である。

 文字通りの意味をさらに拡張して、コンピュータのプログラムや人間の魂のプログラムの機能に当てはめて考えてみる。
 コンピュータにおいて「読む」は「入力」に、「書く」は「出力」に、そして「そろばん」は「演算(判断・処理)」に相当する。
 これらが人間の営みにおいて何に相当するかというと・・・。

「読む(入力)」
 五感を駆使して情報を得る。
 状況を認識する。文章を読んで理解する。人が行っていることを理解する。人の立場を理解する。困難を受け止める。など

「書く(出力)」
 体を動かすこと。行動すること。つまり・・・
 文字を書く。言葉を発する。表情を変える。モノを作る。スキンシップを図る。情報を伝える。
 機械などを操作する。移動する。何かを移動させる。人に働きかける。自分の考えを理解してもらう。自分の役割を果たす。など

「そろばん(判断・処理)」
 考える。判断する。これまでの経験から判断の基準を見直す。予想、予測する。創造する。
 得た情報(「読む」)を基にどのように行動(「書く」)するかを考えるプロセス。

 コンピュータでは入力された情報をどう判断・処理して出力するかがプログラムに問われる。

 魂のプログラムは 「読む(入力)」 → 「そろばん(判断・処理)」 → 「書く(出力)」 と機能し、自分の「書く(出力)」が周りの人や環境にどのような影響を与えたかを再び情報として取り入れて評価し、判断の見直しが必要な場合には見直しを行う。現世の修行はこの繰り返しである。

 ・・・であるから子供の頃から「読み・書き・そろばん」に相当する三つの要素を訓練することが大事である。
 例えば
 「読む(入力)」に相当する情報取得能力。
 五感をフルに使うこと。遊びも重要である。自然現象を見ること。生き物を見ること。
 動態視力を養うことや音階を聞き分ける能力を身に付けることなど・・・。
 作られた教材だけではなく、本物を見せることが大事である。
 色々なものを見聞きするうちにだんだん鋭敏になってくる。

 「書く(出力)」に相当する能力。
 しゃべって人に伝える。書いて人に伝える。歌を歌う。楽器をひく。スポーツをする。ダンスをする。など

 「そろばん(判断・処理)」に相当する能力。
 何かをやってみて、どういう結果になるかを認識し、良い結果の場合は次も同じようにやれば良いし、良くない結果の場合にはうまくいかなかった原因の分析、対策、その効果の確認をする。

 子供の頃には勉強というより、遊びを通じてこれらの能力を高める機会を持つことが大事ではなかろうか?

 「前向きになって「そろばん(判断・処理)」のプロセスを進化させるのか?」それとも「なんとなく流されていくのか?」で現世での修行の進み方は全く異なるだろう。
 


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