理系人間が解釈する般若心経

オープンソース

 「オープンソース」という仕組みをご存知だろうか?

 パソコンなどで使うプログラム(ソフトウエア)で、パッケージなどで商品として販売されているものは、一般的には、そのプログラムソース(プログラム言語で書き表されたプログラムの内容)は非公開であり、プログラムの使用者はそのプログラムの内容を書き換えて使用することはできないのが普通である。

 「オープンソース」というのは、プログラムのプログラムソースの内容を公開して、誰でもそのプログラムを使いやすいように(あるいは特定の目的に特化して使えるように)書き換える(改良する)ことができる仕組みである。

 Webページなどの情報を蓄えて提供するコンピュータである”サーバ”にインストールして使われるLINUX(リナックス)などのプログラムは、この「オープンソース」という仕組みで提供されるプログラムの代表例である。
 こういったプログラムは、主にインターネットを通じてダウンロードするなどの方法で提供されている。
 つまりプログラムは通信で送ることができる。またプログラムはコピーができるので、資源を消費することなく必要なだけコピーして使うことができる。
 書き換えたプログラムもまた公開ができ、それを別の人が使ったり、さらにプログラムを書き換えて改良を進めることもできる。

 それでは人間の魂がコピーできるとすると、どうなるだろうか?

 人間の魂(プログラム)は、死後、肉体を離れて、人間が存在している世界(現世)とは異なる世界(霊界)に行くと考えられている。(一般的に「魂」は肉体を離れると「霊」と呼ばれる。)
 そしてその魂が何度か生まれ変わりを経験して、より完全な存在に近づいていく。 関連:「輪廻転生」(後出)
 まず、霊界と現世において、人間とそれを守っている守護霊がどのような関係にあるかを考えてみる。

 霊界と現世における魂のプログラムの状態の変化を図示すると下図のようになる。
 人間が存在するのは「現世」という世界で、それを見守っている守護霊は「霊界」に存在する。守護霊は自分が守る人間の考えていることや行動全てを認識する。

 守護霊が守っている人間の情報を獲得するための霊界と現世とをつなぐパイプのようなものがあると考えられる。

 「空」である魂のプログラムは、現世においては、それだけでは機能できない。コンピュータのハードウエアに当たる人間の肉体(「色」)にインストールされてはじめて機能する。

 人間の魂のプログラムは、その守護霊の魂のプログラムのコピーであると考えられる。
 逆に守護霊は、守っている人間の魂のプログラムのコピーの原本であるということになる。この原本である守護霊は現世に生まれ出ることなく、霊界に残って、生まれ出た自分のコピーが現世での修業をまっとうして進化できるように見守る存在となる。守護霊は生まれた時から誰にでも必ずついているというのはこういう理由である。

 そうなると守護霊は魂の親と言われるのは、なるほどうなずける。現世の親子が身体的特徴や体質が遺伝子によってコピーされる「色」の親だとすると、守護霊は「空」の親ということになる。
 そうなると魂としては異質なものを持った現世の親の元に生まれることは、それに適応するための苦労や努力が必要になり、それが修行となる。生い立ちも性格も異なる人との同居生活である。”結婚”という修行と同じである。

 守護霊の側から人間の考えていることや行動は全て見えるが、人間の側からは守護霊は見えず対話することはできない。(一部の霊能者は、完全ではないが相互にやりとりができる。)
 あたかも、片方からは見えるが、反対側からは見えない「マジックミラー」があるような感じではなかろうか?

 以上は一人の人間の場合であるが、実際は、現世には一人ではなく多くの人間が存在することを考えると、下図のようになる。(3人の場合)


 コンピュータの場合、大規模なプログラムの開発・改良を考えると、プログラムを1人で作成するのは現実的ではない。そこで最初に複数のプログラマが分担してサブプログラムを作成し、最後にそれらを統合するやり方が普通である。その際にサブプログラムを各プログラマに開発をさせ、それらを統合してシステムとして機能させるリーダーが必要である。そのリーダーには各サブプログラムとメインプログラムのやり取りなどを統括し、問題を解決していく力量が問われる。
 魂の場合も、個々のプログラム(守護霊)を統括するメインプログラムに当たるものがあるはずである。

 これを図示すると下図のようになる。
 (メインプログラムと各サブプログラム(守護霊)が重なっているグレーの部分は、情報や機能を共有している部分である。サブプログラムではメインプログラムの一部として機能し、メインプログラムではサブプログラムの一部として機能する。)


 実際には、メインプログラムの部分は、いくつかのプログラムが重なっているような階層構造になっている。これについては後述する。
 関連:「プログラムの階層構造

 メインプログラムとサブプログラム、あるいはサブプログラム同士で情報や機能を共有するということは、しようとしている事やその判断プロセス、情報などが”丸見え”ということになる。

 霊界における魂(プログラム)同士の心の中は丸見えである。つまり互いの考えている事が全てわかる状態である。
 現世の人間同士のように本心を隠して振る舞うことはできない。
 現世の人間の心の中は霊界からは丸見えである。

 例えるなら、中の歯車が丸見えのスケルトンの時計のようなものである。その時計が故障して時間が狂う状態になった場合に、現世の人間の行動であれば時間が狂ったこと(結果)はわかるが、その原因(動機)まではわからない。
 霊界からであれば、その原因までわかる。すなわち時計内部の歯車の歯が空回りしているのか、虫が入り込んで歯車の動きを邪魔したのか、もともとモータが回転しなくなったのかなどの原因が見えることになる。

 つまり、結果だけではなく、どうしてそのように考えて行動したかという動機まで他の魂(プログラム)から見抜かれるということである。



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