理系人間が解釈する般若心経

「空」をどう考えるか?

 般若心経に出てくる「空」。

 理解が困難な「空」という概念。
 「空」は実体のないものだと言われるが、具体的にどう理解すればいいのだろうか?

 本サイトでは、「人間」と「コンピュータ」における「色」と「空」を比較対照することによって、「人間」における「空」とは何かを推測していく。

 つまり・・・

「色」
│├コンピュータにおける「色」とは?
│└人間における「色」とは?
「空」
  ├コンピュータにおける「空」とは?
  └
人間における「空」とは? 

 この人間における「空」を考えていく。

 人間は、自分の仕事をサポートさせるための道具としてコンピュータを開発した。
 最初は専門知識を持った者でないと使いこなせない代物であったが、人間はコンピュータに人間の仕事を肩代わりさせるために人間のやり方をコンピュータに移植し、さらにその機能を進化させて人間に限りなく近づけてきた。

 コンピュータの機能が人間にこれだけ近づいているのなら、逆に「コンピュータの仕組み」を考えて「人間の仕組み」と比較すれば「空」の理解につながるのではなかろうか?

 コンピュータは”実体のある”部品(ハードウエア)と”実体のない”プログラム(ソフトウエア)より構成されていて、どちらか一方だけだと機能しない。

 人間の場合も同様に考えると、コンピュータの”実体のある”ハードウエアに相当するのはその肉体である。そうなると”実体のない”ものとは何であろうか?





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