理系人間が解釈する般若心経

なぜ「憎まれっ子世にはばかる」のか?

 なぜ「憎まれっ子世にはばかる」のか?

 「憎まれっ子世にはばかる」とは・・・
「人から憎まれるような者ほど、逆に世間では幅をきかせる」という意味であるが、なぜそうなるのであろうか?

 悪い人(憎まれっ子)は、良い人を踏み台にして、自分の手柄をアピールするなどして目立とうとする。会社などの組織では、出世すると権限を持って命令するようになるので、良い人にさらに無理難題を押し付ける。
 そしてそれが成功した場合には自分の手柄にし、失敗したときには部下のせいにする。 成功した時に、成功した理由など深い事は考えない。

 一方、良い人は、陰で、世のため人のため、会社のために尽くすのを当たり前の事としてやっていて、周囲の人もそれが目立つ事ではないので、注目する事はない。
 また、良い人は評価されないからと言って不満を言う事もない。

 良い人は、「自分がやらないと、誰もやりそうにないから。」と責任を背負い込んで、押し付けられた事でも最大の努力を傾けて、自分を犠牲にしてもなんとかやり遂げる。

 良い人は悪い人より、人知れず、ずっと高いハードルを越えている。
 ・・・なぜなら「神様は越えられないハードルは用意しない」からである。

 であるから、能力の低い人、考えが浅い人、配慮のできない人には高いハードルは用意されない。
 つまり悪い人が超えるのは「低いハードル」でしかない。これは容易に越える事が出来る。
そして、そういう人達は、成功した事を最大限に自慢する。
 その結果、周囲の人達からは、世間で幅をきかせているように見えるのではなかろうか?



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