理系人間が解釈する般若心経

お経の果たす機能

 お経は、日本人が聞いても意味が直接理解できない漢文で書かれている。(元はサンスクリット語)
 お経の意味を知るためには勉強が必要である。
 お経の内容は、霊界の魂に対してではなく、現世の人間がどう修業すべきかを説いたものである。
 関連:「般若心経全文の解釈
 生前にお経の意味を知らなかった人の魂が肉体を抜け出た時に、いきなりお経の意味が理解できるようになるわけではない。・・・とすると、その人の葬儀の時に読経を聞いても意味がないように思われる。

 お経の音の波動が未浄化霊に直接影響するのではないとすると、どうなっているのだろうか?
 読経の対象が未浄化霊でないとすると・・・。

 未浄化霊が浄化するために、本人の先祖霊などが「お迎え」の役割を担って本人(の霊)を霊界へ誘導すると言われている。

 一方、何とかして浄化したいと思っている未浄化霊は、読経すると集まってくるとも言われる。
 僧侶は未浄化霊にお経の意味をわかるようにかみくだいて伝えているのだろうか?

 「肉体を失った魂がどういう状態で存在するか?」で述べたように、霊=魂(のプログラム)は実体がなく、波動であると考えられる。
 読経は声による音の波動である。
 「AMラジオの例で考えてみる」で述べたように、電波などのエネルギーを持って伝わる波動には情報(プログラムを含む)を乗せることができる。

 そこで考えられる事は、読経が作り出す音の波動が霊界と現世をつなぐパワースポットのようなパイプを一時的に形成するのではないかという事である。そしてその波動のパイプを伝わって、霊界に居る先祖霊などが現世に来るとは考えられないだろうか? 関連:「パワースポット

 ・・・であるのならお経を聴いている未浄化霊が意味を理解できなくても、読経は意味がある。

 読経の際に複数の僧侶が、息継ぎによる中断を防止するために、かわるがわる読経をするのを見たことはないだろうか?これは霊界からのパイプがとぎれたり細くなったりするのを防ぐためかもしれない。
 仏教の場合は読むのはお経であるが、それ以外の宗教では祝詞や賛美歌が同じ役割をしているのかもしれない。

 読経を含めた葬儀は、肉体を抜け出た魂(霊)に自分が死亡した事を自覚してもらうために必要である。
 肉体を抜け出た後、浄化する前の魂は生きている人間と同じように現世で移動したりすることができる。しかし、生きている人間に呼びかけても全く気付いてもらえない透明人間のような存在である。
 ここで「実は自分の肉体は機能を終了して、自分という意識があるのは実は肉体を持たない魂である」というのを理解するのは、今までに経験がないことなので非常に困難である。
 しかし今までに葬儀に参列した経験があれば、自分に関わりのある人達が礼装で集まっているのを見たり、自分の遺影などから推測して、これは自分の葬式であることはおぼろげながら理解できていくのではなかろうか?
 この理解ができないと、おかしいと思いながら肉体のない未浄化霊として現世にとどまることになる。
 関連:「未浄化霊と浄化霊

 未浄化霊を霊界に誘導する霊が、霊界より来るとすると、何とかして浄化したいと思っている他の未浄化霊も、読経によって集まってくるというのもうなずける。
 ただ読経の際にネガティブな念を持っていると、ネガティブな未浄化霊を引き寄せて現世の人間に悪影響を与える可能性があるので注意が必要である。 関連「類は友を呼ぶ

 音というエネルギーはその内容にかかわらず情報を伝達するための媒体の一つであるが、声を発する時に自分の想いを込めると、それはもちろん効果がある。そういう意味で「言霊」とも言われる。

 その効果は対象が生き物の魂でなくても有効である。
 例えば、水を凍らせる際に、感謝の言葉を掛けると美しい結晶となり、ネガティブな言葉を掛けると結晶が崩れるという報告がある。これと同じように、物や機械などにありがとうなどの感謝の言葉を掛けると、物質などの性質を変化させて、機械が故障なく長期間使えたり、思わぬ事で自分にメリットをもたらしてくれたりすることがある。

 ちなみにお経を書き写す「写経」の目的は、コピーや印刷技術がない時代にお経を広めるためだと考えられる。
 関連:「プログラムがない時代は・・・
 これと同様に、読経もお経を広めるための役割があるのかもしれない。



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