理系人間が解釈する般若心経

「空」についてのコンピュータと人間の比較

 次に「空」についてコンピュータ人間とを比較してみる。

 「空」=それ自体は実体はない(質量・形がない)が、実体があるものが介在しないと機能しないもの。


本質
コンピュータ プログラム
人間 魂・心・人格・意思・精神・自我・意識・個性と呼ばれるもの。

 プログラムは、どういう場合にどのように判断して実行するかを書き記した指示書である。コンピュータにインストールしてプログラムを起動すると、指示された通りの判断、実行を行う。

 人間におけるプログラムとは何かと考えてみると、それは単なる記憶情報ではなく、どう考えて判断し実行するかを決定するというそれぞれの人間毎に異なる働きである。その働きをするものを一般的に言われている言葉で表現したものが「魂・心・人格・意思・精神・自我・意識・個性」であろう。
 以後、これを「魂」や「魂のプログラム」と呼ぶことにする。




機能
コンピュータ プログラムだけでは機能しない。機能するにはハードウエア(コンピュータ本体)が必要。
人間 思考・判断・(感情)

 コンピュータのプログラムはそれだけでは機能しない。機能するにはハードウエア(コンピュータ本体)が必要である。
 コンピュータのプログラムは容易にコピーができる。通信で送ることもできる。コピーはいくつでも増やすことができる。
 プログラムをダウンロードして使えるのはこのためである。
 
「プログラムがコピーできる」という特徴は、人間に当てはめた場合に非常に大きな意味を持つ。           

 人間の場合は、肉体がないと「思考・判断・(感情)」は機能しない。
 「魂・心・人格・意思・精神・自我・意識・個性」。これがプログラムと同様にコピーできるとすると、どうなるだろうか?
 これについては後の「オープンソース」の項目で考える。





記憶
コンピュータ 情報(データ)とプログラム(フローチャート)
人間 知識と智慧

 コンピュータでは、プログラムは主にハードディスクなどの記憶媒体に記録されている。
 プログラムを起動させると、プログラムは演算を行う部品であるCPUの記憶部分(キャッシュメモリ)に読み込まれて機能する。

 「コンピュータにおける「空」」の項で述べたように、実体のないものは「情報(データ)」と「プログラム(フローチャート)」である。
 これを人間の場合と対比させてみると

 ├
コンピュータ
 │├情報(データ)
 │└プログラム(フローチャート)
 └
人間
   ├知識(データに相当)
   └智慧(プログラム(フローチャート)に相当)          ・・・となる。

 フローチャートについては後の「プログラムの見直しとは」で、具体例を述べる

 人間の場合、脳に記憶されている情報(知識)は、病気や加齢などの肉体の劣化によって失われるが、プログラム(智慧)は基本的には失われることはない。智慧が失われたように見える場合は、判断に必要な情報を取り入れたり、それを判断して出力する際の肉体の器官の機能が劣化しているからである。

 記憶が失われる病気の代表例が”認知症”である。
 認知症の方が身近にいる方は、その方と接する時に次のように感じることはないだろうか?

 認知症になると記憶は次第に失われていくが、判断力や思考力は残っている。
 記憶が失われていくのは、年齢とともに肉体の脳という部分のハードウエアの機能が落ちてくるからであるが、判断力や思考力は、肉体というハードウエアの劣化にはあまり関係なく機能し続けるように思える。

 ”死”というのは、肉体の全ての部分のハードウエアが機能を停止した状態であると考えると”魂(心)”は残ると考える方がむしろ自然である。体は朽ちるが、魂(心)は肉体という入れ物から抜け出て、独立して機能し始めるのではなかろうか?





判断方法
コンピュータ 判断はデジタル。少し違ってもまるで違っても一律に違うものと判断する。
人間 人間の思考・判断はアナログ。過去の同じような経験から類推して判断する。

 コンピュータの判断は全てデジタルである。判断の対象を基準となるものと比較する場合、少し違ってもまるで違っても一律に違うものとして判断する。
 これに対して人間の思考・判断はアナログである。アナログでは、主に過去の同じような経験から類推して判断する。

 コンピュータのプログラムの場合、作成時に想定していた以外の状況については正しく判断ができない。それは人間が経験上得たものを元に作成されているからである。 

 人間の場合はアナログであるから、デジタルのようにはっきり判断ができない。 判断の基準は、今まで経験したこと(自分自身の経験だけでなく、本や新聞、テレビなどのメディアから得た事、自分の周辺の人がどうしているかなどの情報も含む)の中で、どうした方がいいかというのが主になる。周りの人と自分とを比べて判断する場合もある。逆にそれが執着やねたみなどの感情になるとも考えられる。 もちろんこれはコンピュータでは発生し得ない。 関連:「執着」(後出)

 アナログの思考というのは、「自転車の乗り方」や「詩を書いたり作曲をする」ようなコンピュータのプログラムではその判断や実行のプロセスが書き表せないような事である。人間はそういう活動を通して個人の生き方の方向性が固まっていく。経験から得たノウハウを普遍的に適用すれば、そのエッセンスは諺・格言・人生訓・宗教のような形になり、それらは人から人へと伝承される。

 しかし、判断すべき基準を「物質的価値観」に置くと、魂の向上とは異なるおかしな方向に進み始める。

 実体のあるお金や財産などの「色」をより多く所有している者、あるいはお金を生み出す権益のある高い地位・肩書きに付く者が現代では勝者とされ、みんなの目標になってしまった。・・・これが物質的価値観である。 関連:「価値観」(後出)




判断プロセス(フローチャート)はどうやって作られるか
コンピュータ プログラマが自分で考えてプログラム言語で記述して作成する。
人間 今までの経験からフィードバックして、判断方法を自律的に修正する。(フローチャートをより良いものに書き換える)

 コンピュータのプログラムは、プログラマが考えてプログラム言語で記述して作成する。(「判断→分岐→実行」の例は、後の「プログラムの見直しとは」(後出)で説明する。)
 当然のことながら作成されたプログラムがそれ自身でプログラム内容を書き換えることはないし、プログラムを作成した時点で想定していない事は正しく判断できない。

 これに対して人間は、経験によって自分自身の判断のフローチャートを書き換えていく。
 失敗した時には、その時の経験を基に、その時とは別の方法を選択したり、成功するには何が必要かを考えたりしてフィードバックを掛け、より良い内容に書き換えていく。

 プログラムの進化というのは、「こういう時にはこうするべき」という学習の積み重ねである。

 コンピュータのない時代でも判断方法やノウハウなどを文章で書き表して、考え方を伝承してきた。これについては「プログラムがない時代は・・・」で述べる。




プログラムの規模が大きくなった場合に見直しをどうするか?
コンピュータ プログラムの規模が大きくなった場合、途中まで作成したものを継ぎ足すよりは、新しく作り直したほうが良いものができる。
人間 前世の記憶を失った魂が新しい肉体に宿って修業をする(輪廻転生)

 コンピュータのプログラマの方はよくおわかりだと思うが、コンピュータのプログラムの規模が大きくなった場合、途中まで作成したものに細かく継ぎ足すより、新しく作り直したほうが良い事が多い。
 その理由を考えてみると・・・。

 プログラムを動作させている時に、想定しなかった事項が発生してエラーが発生したり、思わぬ結果が出たりすると、そのプログラムを作成したプログラマはどうするだろう?
 とりあえず必要とされる結果を出すためにその都度フローチャートを場当たり的に継ぎ足してプログラムを変更しがちである。しかしそれではかえって煩雑になってしまう。そしてその後、初めてのケースにぶつかる度にさらに場当たり的な変更をしてしまいがちである。
 これでは基本的な方向性が定まらず、将来発生するであろう問題に対して根本的な解決にはならない。

 ・・・ではどうすればいいのだろう?
 例えば、多くの場合に共通して適用できる考え方(基本的な判断基準)を中心の流れとして、それに当てはまらないようなものは別に扱うような設定思想だけを残して残して新たに始める方がうまくいく。

 「最初に作成したプログラム(フローチャート)でもそこそこ使えたのに・・・」と執着すると新たなプログラムの作成の障害になる。

 「プログラムの見直しとは(後出)で野球の走塁におけるプログラムの見直しの例を示すが、経験によってフローチャートを継ぎ足していったら非常に複雑なものになる。しかも、いくら複雑なものになっても今まで経験したことのない状況には対応できない。
 ・・・とすると、方針を転換して、その状況での「走った場合のメリット」「走った場合のリスク」を想定して状況に応じた行動を取ることが最善であるとすれば、例えば「メリット」や「リスク」を点数化して、それに応じた行動を取るといったプログラムにする方法もある。こうすれば継ぎ足しの繰り返しでなく、一歩進んだプログラムになる。

 人間の場合、前世の記憶を失った魂が新しい肉体に宿って修行する輪廻転生をするのはなぜだろう?
 それは新しい生命が現世に生まれ出た時に、魂(のプログラム)にこのような基礎になる考え方のプログラム内容だけが含まれていて、それをベースに経験を積み重ねれば、前世よりは進歩したスタートラインから修行が開始できるように仕組まれているからではなかろうか?(後出:輪廻転生 オープンソース )





おまけ

 「空」は、それ自体は実体はない(質量・形がない)ものであるが、質量などの尺度について興味深い事がある。

 長さ、時間、電流、温度などの尺度は国際的に定義(SI基本単位)が決められている。例えば長さを表す「メートル」は「2億9979万2458分の1秒の間に光が真空中を伝わる距離」というように、普遍的な物理量に基づいて定義されている。
 しかしなぜか質量だけは人工的に作られた「国際キログラム原器」が基準になっている。

 質量以外の尺度は、定義を書き表すことが可能ということである。
 つまりこれらは一種の情報であるので「空」とみなせる。

 素人考えでは、質量も同様に「質量数12の炭素原子がXXXX個集まった質量」のように定義すればいいように思えるが、あえて質量だけ実体のある(「色」である)原器を基準にしているのは深い理由があって、それがわかれば「色」と「空」をより深く理解できるのかもしれない。




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